アーティスト紹介

WSC #009 松葉秀樹

Hideki MATSUBA

[WE'RE IN THIS TOGETHER]

2D画稿に描かれていない面や空間をも補完する
「インプット能力」の類いまれなる高さ

 立体化する対象が2D(二次元)のアニメ絵やマンガ絵であることが多いガレージキットの場合、それを造形する作家には、《純粋な工作力=アウトプット能力》のほかに、《オタク的感性を十二分に駆使し、2Dのアニメ絵を高解像度で読み解く力=インプット能力》が求められる。実際にはこれ以外にもいくつかの特殊な才能が必要とされるわけだが、大雑把に括るならば、「こうしたふたつの異なる能力を高次元融合させることができる作家=優れたガレージキット作家」と定義することができるだろう。
 ……とは言いつつもここ最近のガレージキットシーンでは、アウトプット能力の優劣だけが作家の評価軸として機能しているきらいがある。そして、とりわけ対象がメカ系(リアルロボットを含む)である場合、その偏重具合がより顕著なものとなっているのが現実だ(誤解を恐れずに明言してしまうと、現在のガレージキットシーンにおいて“メカ造形の匠”などと褒めたたえられている専業原型師のなかには、「工作力だけが突出したアンバランスな職人」が少なくない)。
 そうした、「ディテールがこまかくて仕上げの美しいメカ系ガレージキット=優れたメカ系ガレージキット」という昨今の風潮を鑑みた場合、松葉秀樹という“遅れてきた新星”は、そのアウトプット能力の未熟さゆえに「ディテールが甘くて仕上げも荒い=イマイチ」と一蹴されて終ってしまう存在かもしれない。ただし―松葉のガレージキット作家としての見どころは、それと相反する「インプット能力の類いまれなる高さ」にあるのだ。
 彼の頭のなかにインプットされる「2Dのアニメ絵やマンガ絵を3Dにトランスレートする際の適性値」は、はっきり言って、平均的な専業原型師のそれを数段上まわるものがある。2D画稿上に描かれている線や面を的確に読み取る才能に長けているだけでなく、2Dの画稿では描き切れていなかった面や空間を的確に補完していく才能にも秀でているためだ。松葉の作品から滲み出る圧倒的なまでの“説得力”は、こうした理由に裏打ちされているのである。
 もっとも前述したように、そうやって導き出した適性値を3Dとして紡ぎ出すアウトプット能力に関してはズブのシロウトであり(造形キャリアはまだ2年強だというが……)、この先、そちら方面のスキルがどこまで向上していくかはまったくの未知数としか言いようがない。
 ごくごく個人的な意見を述べさせてもらうならば、「アウトプット能力にも磨きをかけて、昨今の歪んだ評価軸を打破してほしい」と思う反面、「インプット能力の資質だけでグイグイと押し切るような、ピーキーな感覚派でい続けてほしい」とも思うわけで……。まあ、その煮え切らない性格(苦笑)や36歳という年齢も含め、今後をのんびりと平熱状態で見守っていくべきキャラクターなのかもしれない。

text by Masahiko ASANO

まつばひでき1965年3月25日生まれ。生業はテクニカルイラストレーター。'97年、一般求人誌に掲載されていた「テクニカルイラストレーター募集」の告知を見て、某模型メーカーで組み立て説明図などを描くアルバイトを体験。その際にガレージキットやワンフェスの存在を知り、「シロウトが趣味のレベルで作った造形物(の複製品)が版権元の許可の下に売り買いされている」という事実に驚愕する。それ以前は(じつはいま現在も)オタク関連や模型関連のことにはまったく興味がなかったのだが、そこで何かのスイッチが入り、'98年よりガレージキット的な造形に着手。そして'99年冬のワンフェスにて、一般客としての参加経験さえないままにいきなりディーラーデビューを飾る。「ロック好きな人間としては、思想や批評がほとんど存在しないこの世界には違和感を覚える。だからこそ、批評されるに値するレベルの作品を提示してみたい」というロックスピリッツの持ち主でもある(ディーラー名の“WE'RE IN THIS TOGETHER”も、ロックバンド“NINE INCH NAILS”の曲名から拝借したものらしい)。
(※現在はディーラー活動を休止しています)

 

WSC#009プレゼンテーション作品解説

© 1998 小澤さとる/バンダイビジュアル・東芝EMI・GONZO


ムスカ

※from『青の6号』
1/550(全長290mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/6,800円(税込)
ワンフェス以降の一般小売価格/9,800円(税別)

(※販売は終了しています)


 「ディテール至上主義」に陥ることなく、造形対象が持つ「フォルム(形状)」の的確な表現にとことんこだわった松葉の作品“ムスカ”は、オリジナルビデオアニメーション『青の6号』に登場する、ゾ-ンダイク側の生体兵器の立体化。じつはこの作品、かつて松葉がワンフェス会場で少量のみ販売したものとはまったくの別モノで、じっくりと時間をかけ、納得のいくまで各所をリテイクしまくった“WSCヴァージョン”とでも呼ぶべき存在です。
 さらに、キットはほぼ一体成形であると同時にクリアーブルーのレジンキャストを使用しているため、加工や塗装を施さなくとも、箱から取り出すだけで即ディスプレイできる内容となっています。青の6号やムスカに興味のない人にも、ぜひとも一度現物を眺めていただきたい逸品です。

松葉秀樹からのWSC選出時におけるコメント

 WSCは「批評性」を強く打ち出した企画だと思います。模型(この場合ガレージキット)を造形することがその人の「自己表現」ならば、「批評性」がつねにともなっているのではないでしょうか。あるいは、「批評」することが表現形態のひとつかもしれません。「模型」が「表現」であるということは私なりに考えると、たとえば版権モノのキャラクターをガレージキットとして造形したとしても、それはただ単にキャラクターを立体化した二次的なもの、あるいはキャラクターの付属品としての立体物ということではなく、それを造形した人のセンスと技術を用いて個性を見えるものにするということではないかと思うのです。当然、そのキャラクターの立体物という事実から逃れることはできないのですが、ただ単に「うまいね」とか「これほしい」ということ以上に訴えかける何かがある、造形されたものがそれだけで「存在価値(意味)」がある、というところまで行けたとき、それがキャラクターというフィルターを通した「表現」であり、造形上の「批評」と言えるのではないでしょうか。
 私たちはまだ「未成熟」だという気がします。ただほしいものを手に入れればいい、当日版権を落とさなければいいというのではなく、もっと成長していかなければいけないと感じます。
 WSCは皆で共有できるすぐれた「批評」の場であり、私たちが成長していく可能性を提供してくれると思っています。私自身、今回WSCに参加したことで自分の可能性が広がったという気がします。いままで自分ひとりでちまちま作っていたのですが、人と関わり合いながらやるのもいいなあ、なんて思ったりもしました。
 これから頭のなかにあるイメージを少しずつでもよりよいカタチで、具体化していきたいと思っています。