アーティスト紹介

WSC#012 稲葉屋 斗夢

Tom INABAYA

[いなばや]

ここまでまったくの無名だったことが信じられない
コンサバティヴな「マイペース型」実力派

 「私の場合、造形対象となるキャラクター(=美少女キャラ)次第で、原型製作に費やす時間が著しく変動してしまうんですよ。“そこに表現すべきもの”というのは、キャラクターごとに異なっているわけじゃないですか。つまり、自分の資質にハマったキャラクターならばサクサクっとひと月でできてしまうのかもしれないし、逆にそうでなかった場合には、何か月かければ完成に至るのか、自分でもまったく見当が付かないときがある。だからといって、“そこに表現すべきもの”が満たされていないような作品を、“一応は形になったから”みたいな感じで自分に妥協して発表する気にもなれないし……それゆえに、この先もたぶん商業原型の仕事は受けることができないと思うんです。
 そう考えると、これまでこうやってひっそりと続けてきたやり方が、おそらくは自分にとっての正解だったんじゃないですかね」
 ワンフェスへの参加は「客としては浜松町時代の第4回から」というこの道のベテラン・稲葉屋 斗夢は、これまでかたくなに守り続けてきた―そしてこれからも守り続けていくであろう―自身の造形ポリシーを、こう説明する。これを「なんと真摯な!」とポジティブに受け止めるか、一種のピータ・シンドロームと見なすか、それは各人によって異なるところだろう。ただし、「どんなキャラクターを作っても、それぞれが有する記号(髪の毛の形状や服装など)が変わるだけで、そこで表現されている本質はどれもいっしょ」という専業原型師には、なかなかに耳の痛い話ではないだろうか。
 さて、その稲葉屋の作風だが、これは「ここ数年の流行には左右されていない、美少女フィギュア造形の歴史をそっくりそのまま体現するかのような造形」という言い方ができるかもしれない。“お面顔(正面顔は元絵に似ているが、正面以外から眺めると立体物として破綻する、近年の主流的な顔の造形)”や“萌え”系路線などとは一線を画す正統的な作りだが、同時に、明らかにひと時代昔の表現をいまだ部分的に引きずった造形でもある。ただし、そのどれもが経験に裏打ちされた叩き上げの実力派であり、そんな実力派が「これまでガレージキットメーカーから声をかけられたことはほぼ皆無に等しく、模型雑誌から取材を受けたこともまったくない。さらに、去年バニーガールのフィギュアで巨乳系に手を出すまでは、ワンフェスでもまったく無名の存在だった」というのは不可思議としか言い様がない。おそらくは、「上手くなったり下手になったりを繰り返しながらでも、のんびりと長く続けていきたい」と語る稲葉屋のその牧歌的なスタンスが、彼の存在を無色透明なものとして見せ続けていたのだろう。少々リリカルな解釈かもしれないが。

text by Masahiko ASANO

いなばや とむ本名や年齢などの個人情報は、基本的にすべてシークレット(ただし「30歳以上(笑)」とのこと)。ワンフェスとの関わり合いは非常に長く、アーティスト解説内にもあるように、東京都産業貿易センターで開催されていた浜松町時代の第4回('87年夏)から一般入場者として参加しはじめ、その後、'89年あたりからは友人・知人と共にディーラー参加を果たす。が、時間の経過と共に他のメンバーが就職等を理由に脱退していき、現在は“いなばや”とディーラー名を固定、稲葉屋の個人サークル状態にある。フィギュアを購入&製作しはじめたきっかけは、『B-CLUB』誌創刊期に掲載された、石井和夫氏製作による全身可動フィギュア(フォウ・ムラサメ)にインスパイアされたこと。ただし、「誰かが出来のよいフィギュアを作ってくれれば、そのキャラクターに関してはもうそれで満足。あえて“自分より上手い原型師と勝負したい!”的なモチベーションは持ち合わせていない」そうで、よく言えば常時平熱、悪く言えば「まあ……及び腰かもしれないですね(苦笑)」(本人談)といった感じのキャラクターである。

WSC#012プレゼンテーション作品解説

© 1999,2002 SIMS CO.,LTD.


朝霧あやめ

※from『まぼろし月夜』
1/5半身像(全高2100mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/19,800円(税込)
ワンフェス以降の一般小売価格/24,800円(税別)

(※販売は終了しています)


 稲葉屋のプレゼンテーション作品となる“朝霧あやめ”は、ドリームキャスト&プレイステーション用ゲームソフト『まぼろし月夜』からの立体化。通常ならば適度に簡略化して済ましてしまいそうな髪の毛の流れなどにもとことんこだわり、生産性や採算ベースなどを完全に度外視したダイナミックな造形として仕上げられているのが特徴です。
 じつはこの朝霧あやめ、'00年春から各種ガレージキットイベントに持ち込まれてはいたのですが、その完成度と反比例するかのようにまったく注目を集めず、さらに、1個あたりの型抜き単価が個人でストックを保有できないほど高額であったため、たった50個だけの生産で絶版とせざるをえなかった……といういわくつきの作品。「自分の存在はマイナーなままで構わないが、この作品がどれだけ人々に受け入れられるかもう一度確かめてみたい」と稲葉屋が語るように、今回のプレゼンテーションは「リバイバルヒットへの挑戦」と言うことができるかもしれません。

稲葉屋 斗夢からのWSC選出時におけるコメント

 近年いろいろなガレージキットイベントが開催され、参加する機会が増えておりますが、私が昔から参加していて欠かせないイベントというと、やはりワンフェスということになります。
 私は元々イベント好きだったので、ディーラー参加しないイベントでもときどき一般客として参加しています。「いまのワンフェスは参加者こそ多くなっているが内容が薄い」とか、「出来のよいものが少ない」等々、そういった話は別に気にしないで、イベント自体を楽しんで参加しているほうです。
 このガレージキット製作活動の軸的な存在であるイベントの公式レーベルであるWSCに選出されたことは、大変な驚きと共に、私のようなスタンスの弱輩者にはどうなのだろうかと、オファーをお受けしてよいものかかなり迷いました。
 今回の選出の決め手になったという“朝霧あやめ”は、私にとって「キャラクターに忠実に」というようなことよりも、「立体化すること自体」に力を入れた作品であり、近ごろ巷で評価されている(?)私の最近作“バニーガール”と比べると、「このアイテムで選ばれた」という事実を素直によろこべる題材でした。
 現在は「そのキャラクターが好きだから」という理由と並んで、「立体化するにあたってどういった表現をしようか」というところを悩みつつ、また、同時にそこを楽しみつつ製作しております。私の作風は基本的には「古い作り」だと思いますが、これからもマイペースで、いろいろな方の立体表現を勉強しつつ、好きなものを作っていこうと思います。