アーティスト紹介

WSC #051 楠 正成

[ANTARES]

「自分自身への客観的ダメ出し」でひと皮剥けた
モデルフィニッシャー上がりの秀才タイプ造形家

「(本当の意味で)絵が描ける」ということが造形家にとってどれほどのアドバンテージに直結するか、その旨はWSCのプレゼンテーションを通じて繰り返し説き続けてきた。楠もまたそうした「絵が描ける」造形家のひとりであり、比較的最近まで本気でプロの漫画家を目指していたという人物でもある。
  冒頭でこう書いてしまうと「絵が描ける→ だから造形も上手い→ 終了」になってしまいそうでアレなのだが、楠のユニークな点はここへ至るまでの過程だ。
  ガレージキットの美少女フィギュアフィニッシャー(製作代行業)で生計を立てていた'05年、「オリジナルのガレージキットフィギュアを作ろう」という企画を振られ、それまで造形経験がほぼ皆無であったにもかかわらずいきなり原型製作を決意。それも、「絵描きとしての自分×新進造形家としての自分」のひとりコラボレーション状態にて、立体化が大前提として存在するキャラクターデザインとその立体化を、自分ひとりだけでまかなうという蛮行に出る(じつは、それがWSCプレゼンテーション作品のデュオアラそのものである)。
  ぶっちゃけ、最初のキャラクターデザインはいま見るとセンスが悪い上に古臭く、そこから生じた造形物も造形センスに欠け、独特のデフォルメーションに至っては「生理的に気持ちが悪い」と言っても言いすぎでないほど。'06年末に一応の完成を見た段階では、WSC基準で眺めた際には箸にも棒にもかからないレベルにあった。
  が、興味深いのはここから先だ。モデルフィニッシャーとして一流原型師の作風に長く触れ「造形物を見る目」が養われていた結果、楠は自分自身に全面的なダメ出しを行う。さらに、駆け出しの造形家としての自分にだけでなく、「立体化が前提なのにその絵のクオリティーはないだろう!」と、キャリア充分なはずの絵描きとしての自分にもダメ出しを行ったのだ。
  そこから先の「絵描きとしての自分×造形家としての自分」の見事な二人三脚ぶりは、コラボレーションがハマったとき特有の「1+1が2でなく3になる」を地で行く展開。キャラクターデザインも何かが大きく変わったわけではないのだが(それゆえじつは、古臭さはいまなお残るのだが)、絵と造形がお互いを絶妙に補完し合った結果、かつての作品とは「似て完全に非なるもの」と化すこととなったのである。
  自分自身へ客観的にダメ出しができるということは、じつは強力な武器にもなりうる―その事実を見事体現した楠は、努力を惜しまぬ秀才タイプならではの魅力に溢れた新進造形家と言えそうだ。

text by Masahiko ASANO

くすのきまさしげ1967年10月26日生まれ。幼少期から模型製作に親しみつつ、小学5年生から漫画を描きはじめ、高校へ進学するころには真剣に漫画家を目指しSF系の作品を雑誌へ投稿しはじめる(受賞経験もあり)。高校卒業後に上京し、社会人になってからはそうした趣味と疎遠になっていたが、27歳のとき会社を辞め再び漫画家を目指しはじめたときにオタク性が再燃、ガレージキットの美少女フィギュア製作にハマることに。'05年から秋葉原のレンタルショーケースを使った美少女フィギュアのモデルフィニッシャーとして生計を立てていたところ、店側から「ショップオリジナルのフィギュアを作ろう」と持ちかけられ製作に入るも、同ショップが潰れてしまい計画が頓挫。その後、'09年に思い立ってワンフェス参加を決意し、5年越しでようやく完成させた同作品(つまりはフィギュア造形処女作)を持ち込み、'10年[冬]に“ANTARES”名義で初ディーラー参加を果たす。「ワンフェス参加はもろもろ面倒なのでもういいか……」と考えていたそうだが、WSC選出を契機に「次回作も考慮中」とのことである。

WSC#051プレゼンテーション作品解説

© ANTARES


デュオアラ

※WSCアーティスト自身による創作(オリジナル)キャラクター
1/7スケール(全高200mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/6,800円(税込)
ワンフェス以降の一般小売価格/8,800円(税込)


 そもそもはプロの漫画家を目指しつつ、その傍ら、レンタルショーケースを利用した美少女フィギュア系ガレージキットのモデルフィニッシャー(製作代行業)として模型製作のセンスと技術を向上させていたという楠。プレゼンテーション作品となった創作キャラクターの『デュオアラ』は、事実上のフィギュア造形処女作(!)であると同時に、「絵描き(キャラクターデザイナー)としての楠×新進造形家としての楠」のひとりコラボレーション作品でもあります。もちろん、「つるぺた系ロリキャラ」としての破壊力も強大で、一見しただけでは「棒っぽい」ように感ずる腕や胴には、じつは「その手のファンにはたまらない微妙なニュアンス」が多大に盛り込まれています。アニメーションの作画のように動きのある巨大なツインテール(ふたつ結びの髪の毛)も、その「動きのタイミングの取り方」が絶妙。また、あらかじめ立体化を見越したキャラクターデザインと、それを過不足なく適切に立体化した造形力のバランスのよさにもぜひとも注目してほしい作品です。

楠 正成からのコメント

 デュオアラの製作に取りかかったのは、いまから約5年前のことです。自分でゼロからガレージキットを作ることがどれだけ大変なことかは知っていたので、それまでは挑戦しようという気持ちはありませんでした。そんな私がこれを作りはじめた理由はアーティスト解説内で綴られていますが、しかしまあ、その企画をネタ振りしてきたショップ(いまはもう閉店しています)がじつはとんでもない店でして……ま、そこは置いておくとして。
  見てのとおり、デュオアラはかなり「狙った」作品です。幼女体型にロリータ風衣装、ピンクのツインテールに大きな柄モノと天使の羽根装備でおまけに半裸という、まさに恥も外聞もないものとなっています。少しあざとい気がしないでもないんですが、自分が好きな記号でもあったりするので、「ちゃんと好きなものを作りましたよ」ということで(笑)。もひとつオマケに言いますと、'06年末に一度完成させた段階ではもっとエラいことになっていたのですが、さすがに詳細は言えません(汗)。
  今回こうして『ワンダーショウケース』に選んでいただいたこの作品ですが、じつはいまでも不満足な出来です。もう少し早くから改修作業に取りかかっていればよかったのですが、こちらも少し思うところがありまして……それなのに、ディーラー初参加のワンフェスで、しかも未塗装でただパーツを組み上げただけの状態での展示だったのに、『ワンダーショウケース』に選んでいただいて大変よろこばしい限りです。
  さて、デュオアラを作り終えた時点では「もう二度と原型製作なんてやりたくない」と思っていましたが、このような好機を与えていただいたことですし、選ばれた者の責務としてもう少しがんばってみようと思います。次回もやはり創作キャラクターで……人気キャラは上手い人が作りますし、版権申請とかめんどくさいですしね(微笑)。