アーティスト紹介

WSC #067 IG

[造型工房 一葉亭]

美少女フィギュア造形のトップ30を脅かすであろう
摩訶不思議な「デジアナモデリング」の使い手

 美少女フィギュア造形で、これほどまでに「凛とした空気」を醸し出すことのできる才能はこれまでに見た覚えがない。細身の肢体における艶やかな表現も特筆に値すると言えるだろう。もしも「日本の美少女フィギュア原型師ベスト30」といった企画があるならば、おそらくはこの先そこに飛び込んできそうな逸材である。
 なお、フィギュア造形は最終的な完成形こそがすべてであり、その製作過程は評価対象外であるわけだが、IGをここで紹介するにあたりぜひとも解説しておきたいのが、彼の相当に特殊なフィギュア造形法だ。
 「フィギュア造形のすべてをワイヤーフレームで考えるんです。たとえば頭部で言うと、頭部を横切りCTスキャン風に、口と鼻と額の断面形をエポキシパテで厚さ1mm以下のプレートとして作るんですね。で、次は頭部を縦切りCTスキャン風に、真横から見た断面形をやはり厚さ1mm以下のプレートで作る。そしてそれらをプラ板細工のように切って貼り合わせて、そのスキマをエポキシパテで埋めていくんです。そうすれば、フィギュアの頭部ができあがるじゃないですか」
 「……この男はいったい何を言っているのだ!?」と思うほうが自然だし、「どうしてそんな面倒くさい手法を用いるわけ?」と呆れ返る人が大半だろう。もちろんぼくもそのうちのひとりであったわけだが、その理由を聞いて納得しつつも違った意味で呆れてしまった。
 専門学校で3DCGを学び、生業としてゲーム制作会社にて3Dグラフィックを手がけているIGからすると、「フィギュア造形を行う際、まずは頭のなかでキャラクターをワイヤーフレームにてモデリングするのがいちばんの近道」なのだという。見方を変えれば、「その気になりさえすれば、IGは見るものすべてをワイヤーフレームに置き換えて見ることができる」というわけだ。
 ある種の職業病というか、果たしてそれが本当に武器となっているのかどうか怪しい気がしなくもないが、ただし、IGの秀逸な作品群がそうした手法にて生み出されているのは紛れもない事実なのだ。
 もちろん、「だったら最初から3DCGソフトでモデリングして、それを立体出力すればいいんじゃないの?」という考え方もできよう。が、生業で3DCGを駆使しているIGだからこそ、趣味としてのフィギュア造形の世界ではアナログでの作業にこだわるのだろう。
 フィギュア造形の世界で3DCGモデラーが急速に台頭するいま、こうした“デジアナモデリング”の使い手が登場してきたのは非常に興味深い事象と言えよう。

text by Masahiko ASANO

アイジー1977年4月10日生まれ。高校生のときにゲームセンターへ入り浸り『サムライスピリッツ』などの格闘ゲームにハマり、ゲーム制作を学ぶための専門学校へ進学。ゲーム制作会社へ就職したのち、会社の先輩から「いっしょにワンフェスへ行かないか?」と誘われ、ガレージキットにはてんでシロウトの状態で'07年冬のワンフェスへ一般参加する(事実、会場で購入したアマチュアディーラーのフィギュアが組み立てキットであったことを購入後に知り仰天する始末)。が、会場の熱気にあてられわずか30分で5万円を注ぎ込むフィーバー状態となり、一気にガレージキットという対象に開眼することに。その後、ハウツー本を通じて独学でフィギュア造形を学び、'09年に『東方プロジェクト』専門イベントに初めてディーラー参加。'10年夏からはワンフェスへも“造型工房 一葉亭”名義にて参加しはじめる。ただしこれは先述した会社の先輩が主催するディーラーへの相乗り参加であり、個人で小規模イベントへ出展する際には“あおしんごう”名義となるので注意されたし。

WSC#067プレゼンテーション作品解説

© ポコ


黒蜜ねね

from イラストレーター“ポコ”によるイラストからの立体化
1/10スケール(全高150mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/8,800円(税込)
ワンフェス以降の一般小売価格/10,800円(税込)


 造形の元画となったイラストが醸し出す「凛とした空気」をそっくりそのまま立体にて表現してしまうその卓越した造形センスは、「超新星登場」と称してしまっても過言ではないかもしれません。華奢(きゃしゃ)な体付きのキャラクターのなかにこれほどの色香を盛り込めることができるのも特筆事項と言えるはずです。IGのプレゼンテーション作品『黒蜜ねね』は、イラストレーターである“ポコ”の手による創作イラストからの立体化であり、多くの人にとっては「……黒蜜ねね? ポコ?」と頭の上が疑問符だらけかもしれません。もっとも、多くの人たちのあいだで共有されていないマイナーなキャラクターの立体化であるからこそ、その造形物としての有無を言わさぬクオリティーの高さに驚くこと必至なはず。もっと言うならば、実物を目にすると想像以上にサイズがちいさく、その繊細さにもまちがいなく驚愕するはずです。
 さらに、ガレージキットの美少女フィギュアを自分で組み立てて塗装するのが好きな人に対して「これはぜひ塗装してみたい!」と思わせる、非常に塗装映えのする造形作品であるとも言えるでしょう。

※IGからのコメント

 「人生何が起こるかわからないもんだなぁ~……」
 これが『ワンダーショウケース』の話が来たときの最初の感想でした。IGです。
 三十路を迎えるまでワンフェスに行ったこともなければ、「ガレージキットってアレでしょ? 完成品じゃないんだよね?」くらいの知識しかなかった自分が思えば遠くに来たものだなと……。
 ある日、以前の職場の上司が「ワンフェスに行ってみたいんだけどさぁ~、ああいうところに行ったことないからいっしょに行こうぜ!」と突然デスクにやって来て、それまで完成品のフィギュアすらほとんど持っていなかったのですが、そういったイベントには興味もあったので「いいっすよ~」と軽い気持ちで答えた結果、まさかここまでのめり込むとは思ってもいませんでした。
 あのとき、上司が誘ってくれなければ……という以前に、上司がイベントに行きたいと思わなければ、まちがいなくガレージキットを買うのはおろか、原型を作って売る側に立つことはなかったことでしょう。初めて買ったガレージキットが業者抜きのすごく組みやすいキットだったというのも、ガレージキットに対してとっつきやすい印象を与えてくれたのでよかったなと思います。
 そんな自分がまさか『ワンダーショウケース』なんてものに関わるとは……人生何が起こるかわからないものです……。正直、最初はオファーを受けるかどうか一瞬迷ったのですが、「毒を食らわば皿まで」ということで、いまの状況をとことん楽しんでしまおうかなと。造形をはじめてから本当にたくさんの方々と知り合える機会に恵まれましたし、同時にたくさんの刺激も受けました。今回の件は現時点でのその集大成なのかな~っと捉えると共に、これからも自分の作りたいものを自分のペースで作り続けて行ければなと思っております。
 それでは、また次の作品ができましたら見に来ていただければと思います。ではでは。