アーティスト紹介

WSC#115 木田脩仁

[emDASH]

「塗装はしない」という新たな選択肢の登場
ソフビ人気と美少女フィギュアのコラボレーション

 昨今におけるデザイン&アートの世界では、自分の作品を発表する媒体として創作系ソフビ(ソフトビニール製フィギュア)を用いる人が爆発的に増加している。そしてそのブームはワンフェスにも確実に飛び火しており、「この大行列(購入待ち行列)は何?」と不思議に思い列の先頭まで行ってみると、そこではこれまで見たことのない謎のソフビが売り手と買い手とのあいだでやり取りされていたりするのだ。
 今回『ワンダーショウケース』に選出された木田もそうしたクリエイターのひとりであり、当初はあくまで通過点として人気タイトルの『グランブルーファンタジー』等の当日版権アイテムにて腕を磨き、22年の夏から「さあ、ここからが本番だ!」と言わんばかりに創作系ソフビの世界に打って出た。
 それだけでも充分ユニークなプロフィールなのだが、創作系ソフビと同時進行にて、レジンキャストを使った創作系美少女フィギュアの世界においても新たな手法を駆使しはじめた点に着目したい。それが今回プレゼンテーション作品となった『move』である。
 見てのとおり、moveは3色に調色されたレジンキャストパーツを無塗装状態にて組み合わせることで完成するキットだ。もちろんそれを塗装して仕上げても構いはしないが、基本的には「3色のキットを購入し、無塗装のまま組み上げ、それを並べて飾ることが前提」なのである。「そんな不可思議な美少女フィギュアが売れるのだろうか?」と思う人が多いと思うが、(無論、上限はあるにしても)これがおもしろいように売れるのだという。まずはZBrushにて原型を作成し、真空脱泡機+シリコーンゴム&レジンキャストにて原型を複製。その後、「塗装をしないで仕上げる」ために成型品を磨いて洗浄し、さらに、日焼け防止と質感を整えるためにUVカットスプレーを塗布し、自らデザインしたという凝った印刷によるパッケージに梱包して……という過程をすべてひとりでこなしているのだという(もっとも、言うまでもなく「とんでもなく面倒な作業(苦笑)」らしいが、だからこそワンフェスでの地位を勝ち取ったのであろう)。
 なお、こののち木田と似たような方法論にて木田のあとを追いかける美少女フィギュア系造形作家が現れるとは思えぬが、そういう現象面まで含め、木田が2020年代のワンフェスに対して大きな楔を打ち込んだことはまちがいない。もうすでにソフビ版『move2』(仮題)の原型製作にも着手しており、年内にはその新たな一手を見ることができそうな勢いだ。

text by Masahiko ASANO

きだ しゅうじ1995年8月8日生まれ。小学生時代からゲームやイラスト描きなどのインドア系趣味派で、留守番の暇潰しに『サンダーバード』のプラスチックモデルを買ってもらったことがきっかけでオタク的な趣味の世界へ足を踏み込むことに。その後、高校生までは黙々とガンプラを製作し続け、「作ること」が好きなため大学はデザイン系の学科を専攻。が、大学生の時にはガンプラに対する熱が冷めており、その代わりアニメ鑑賞とプライズフィギュア収集にハマる。当初は「好きなアニメのキャラだから」という理由で集めていたフィギュアに対し徐々に造形美を見い出しはじめ、大学2年生から卒業まではひたすら好きなキャラをファンドやエポキシパテで製作。その後、自分の造形力がワンフェスで通用するのかどうかを試したくなり、16年冬より“だっしゅ”名義でディーラー参加をはじめることに。そして22年夏から新ディーラー“emDASH”としてリスタート、造形アイテムも創作系作品に絞り込み、現在は自らのセンスと企画力、造形力に基づきフィギュア製作に取り組んでいる。

ツイッター https://mobile.twitter.com/emDASH_toy

BASE(通販) https://emdashtoy.base.shop/

WSC#115プレゼンテーション作品解説

© emDASH


『move』

from WSCアーティストによる創作作品
ノンスケール(全高220mm)レジンキャストキット


※大変恐縮ですが、諸般の事情により本プレゼンテーション作品は展示のみで販売はいたしません。各WSCアーティストのブースにて直接お買い求めください


 クラフト系アートとガレージキットの中間に位置するような本作品は、普通に考えれば一切手を触れずおしゃれな空間に飾って鑑賞したくなるような存在。
 が、木田はまさしくアートとガレージキットのあいだを狙っており、「現代アートのようにただ飾って終わりではなく、手に持った時の触り心地も考慮した」と語ります。3DCGソフトを使った造形(とくにZBrush)が広く浸透した結果、多くの人がその特性にあやかり、やたらとスカートや髪の毛などがなびいた美少女フィギュアが増える中、そのアンチテーゼとして機能しているとも言えるはず。もっと言えば、「3色の成型色だけでここまで作品に広がりを見せることができるんだ」と唸らされるはずです。「ガレージキット(とくに美少女フィギュア)は彩色して仕上げてなんぼ」と思っている人(思っていた人)に対し問題を提起するような、新たなジャンルの美少女フィギュアの誕生だと言ってよいかもしれません。

© emDASH


© emDASH


© emDASH


※3色の成型色を変えた、ニューバージョンの『move パステルカラー2』

© emDASH


※このような凝ったデザインの化粧箱に1体のフィギュアが梱包されています

※木田脩仁からのコメント

 幼いころに見た夕焼けのような、どこか懐かしくて切なくて儚げなものに僕は心惹かれます。いわゆる「エモい」ものです。それを感じているときはこの上なく至高な時間です。その感覚を表現して同じ感覚をもった皆さまと共感したいという思いで“emDASH”というブランドを作り活動をはじめました。エモさに可愛さ・格好良さなどのエッセンスを加えて魅力的な表現をすべく、日々造形や色の研究をしています。
 今回選出していただいた『move』は皆さまの心を動かすというコンセプトを元に製作をしています。靴下もズボンも履かずに上着だけを持ち、何かを思い立って急いで外に出た様子を表現してみました。女の子の表情が定まらないよう目の彫り込みはせず、手にした皆さまの捉え方次第でさまざまな意味の作品になるのもポイントです。moveは2年前に製作した作品のため拙い点もありますが、今後『move2』『move3』というようにストーリーを展開しますので、僕の成長も感じつつ作品をお楽しみにしていただければと思います。
 その他、emDASHではソフビ製の作品も製作しています。ソフビは壊れにくい素材であり、手に取って鑑賞することで造形のよさをより肌で感じることができます。飾るだけではない一味違った作品を提供します。作品を製作する際にさまざまな問題に打ち当たりますが、その過程はSNSに収めていますのでぜひご覧ください。作品の価値をより理解していただけるかと思います。
 このたびは由緒正しき『ワンダーショウケース』に選出していただき誠にありがとうございました。これを機に僕の活動がより多くの方に周知していただけると幸いです。ワンフェスなどのイベントでエモさを共感し合うことを願っています!