アーティスト紹介

WSC #013 安倍 匠

Takumi ABE

[カポネ団]

対象愛至上主義のシーンに冷や水を浴びせる
スキル&センスのみを武器とする「クールな刺客」

「“ぷに絵”系キャラ(「頬や肌を指でつつくと“ぷに”っとしそう」な絵柄のキャラクター)は、体重や重心を造形上で表現することがむずかしい」という通説をものの見事に吹き飛ばす、近年流行の絵柄に適応させたデッサン表現。「線やディテールを増やして面の間(ま)を持たせる」のではなく、「線やディテールを極力減らし、面が有する“表情”で魅せる」というテクニック。純粋な造形力にしても、表現力にしても、また、流行りの造形を過不足なく採り入れるリサーチ&デペロップメント能力においても、そのどれもがかなり高めのポジションに位置しているガレージキット作家であることにまちがいはない。
 しかしそれ以上に興味深かったのは、安倍の作品を初めて生で見たとき、前述の感想と同時に、「この作者はたぶん、アニメとかギャルゲーみたいなオタクカルチャーに対して、根元的なところで興味がないんだろうな」ということを想起させた点であった。実際に安倍と会った際にそのあたりを問い正してみたところ、予想はズバリ的中。当人曰く、「“自分はこの手の美少女フィギュア造形もできますよ”ということをプレゼンテーションするために、流行りのPCギャルゲーキャラに手を出したにすぎない」というのであ
 なぜぼくがそのことを直感的に悟ったのか、理由は単純明快だ。安倍が造形した美少女フィギュアからは、キャラクター=造形対象への「情念」がまったくと言っていいほど感じられないのだ。
「まず初めに造形対象への愛情ありき」というスタイルが基本中の基本とされるガレージキットの世界では、この事実はかなりのディスアドバンテージを意味する。設定資料や画面スチール2~3枚だけを見て、「お仕事」として造形していた職人のオッチャンたちがスポイルされ、趣味の範疇で延々とビデオやコミックなどを見返し、そのキャラクターの有する内面的な部分をも表現した造形オタクたちが熱烈歓迎される……というガレージキットマーケットの構造を顧みるまでもなく、「原型製作者が対象を愛でているかどうか」というファクターは、「対象を溺愛している」コアなファンからすれば、デッサンや仕上げ、ディテールなどと等価な(作品の善し悪しの)最重要判断材料のひとつであるためだ。
 ただし―「対象を愛でていない」はずの安倍作品を、「対象を溺愛している」コアな人々が賞賛している現実が、ここにはある。これは、彼の美少女フィギュア造形が「対象を愛でていない」という事実を覆い隠して余りあるものであることを、逆説的に証明していることになるのではないか。
「対象愛の欠如は、スキルとセンスで充分カバーできる」。安倍のこうしたクールなスタンスは、対象愛至上に偏りすぎた現状のガレージキットシーン(とくに18禁PCエロゲーキャラの場合はそれが顕著)に冷や水を浴びせる、痛烈な一撃であるように思う。

text by Masahiko ASANO

あべたくみ生年月日非公開(ただし「'70年代生まれで30歳以上」とのこと)。生業はフリーランスの原型師。高校卒業後いくつかの職を渡り歩いたのち、某特撮系映画撮影所に入社。「昼は特殊撮影、夜は美術部の手伝いでミニチュア製作」というハードワークな日々を過ごすも、その美術部で原型師の寒河江弘氏と顔見知りになり、ガレージキットという世界の存在を初めて知る。'97年に同映画撮影所を退職してフリーランス造形家の道を歩みはじめ、出向的スタンスで企画作品に従事したり、ソフトビニール怪獣フィギュアの原型製作などを手掛けていたのだが、'98年、知人からガレージキットメーカーの立ち上げを持ちかけられ、その話に乗ることを決意。そして、いきなりそれまでの作風とはまったく異なる美少女フィギュア(『女神候補生』)を造形し、いきなりパーマネント版権を取得していきなり数百個を生産するという暴挙に出た結果、「ワンフェスに持ち込むも、まったく売れなかった」という大失敗を経験する。その後、「次に流行るキャラ」の目利きを自認する友人と組んで自身のディーラー“カポネ団”を設立、'99年夏よりワンフェス参加をはじめ、現在に至る。

WSC#013プレゼンテーション作品解説

© Liar-soft


近藤勇子

※from 『行殺●新撰組』
1/7(全高220mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/4,800円(税込)
ワンフェス以降の一般小売価格/6,800円(税別)

(※販売は終了しています)


 いわゆる“萌えキャラ”と称される近年流行りの絵柄を立体化するために、多数の原型師が己の作風フォームを崩し、袋小路に迷い込んでいます。「やわらかさ」を表現するために服のシワなどのモールドがおざなりにされたり、「軽やかさ」を表現するために重心が無視されたり、「元絵に似せる」ことを最優先に立てた結果から、一方向からの鑑賞にしか耐えないような顔の作りに陥ったり……。
 しかし、安倍のプレゼンテーション作品“近藤勇子(Windows PC用ゲーム『行殺●新撰組』より)”は、そうした「萌えキャラ造形の罠」にはまることなくその手のキャラクターを立体として昇華させた、じつに希有な例だと言えるでしょう。重心や体重を過不足なく表現しつつも、やわらかさと軽やかさをもきちんと感じさせる作りは見事のひとこと。刀のさやなどに一部ディテールアップが施された、WSCヴァージョンとしての登場です。

安倍 匠からのWSC選出時におけるコメント

 自分には他のクリエイターの皆さんに見られるような、「キャラクターへの愛」というものは少ないのかもしれません。
 それはやはり原型の製作を生業とし、つねに複数のキャラクターを製作しているからなのか否かはわかりませんが、いずれにせよ自分にはそれを知る必然性はないとすら感じております。ただ、発注を受けた原型を、クライアントの想像を上まわるクオリティで納品できたのならば、その仕事は成功だったと言えるわけですし、また、来月も屋根がある場所で風雨をしのげることが保証されるといった事実によって、次の仕事に繋げる精神的基盤が無収入による空腹時より脆弱ではなくなるといった塩梅なのですから。
 つねにそういったスタンスで仕事をしている手前、やはり自分は過日あさの氏にご指摘いただいたように「昭和40年代に浅草橋でソフビ原型を作っていた職人と、精神構造的に何ら変わるところはない」のでしょう。
 ともかく、皆様のご期待を裏切ることは信条に反しますし、また、自分が死んでも自分が作ったものは残ると想定した場合、出来の悪さが後世の人の笑いものになるというのも愉快ではありません。
 どう転んでもクリエイター足り得ない自分ではありますが、よりよい職人として今後も精進を続け、より質の高い原型を提供できますよう、努力は惜しまないつもりですので、
見守ってくだされば幸いです。
 最後になりましたが、このようなかたちで自分の作品を評価してくださったことに感謝します。
 ありがとうございました。