アーティスト紹介

WSC #016 冬音(トーン)

tone

[雨の日晴の日]

「デビュー・トゥ・ウィン経験者」が挑みはじめた
アベレージ的造形の先に位置する真実

 『冬音物語』第1話「冬音、ワンフェスにディーラー参加する」は、冬音のガレージキット作家としてのデビューうんぬん以上に、ガレージキットシーンとインターネット環境との邂逅を象徴的に描いたエピソードとして、非常に興味深いストーリーであったと言える。ガレージキット処女作の造形過程を自身のWebサイト上で逐一中継した結果、それを眺めていた連中が「必ず買う!」と続々挙手しはじめ、ワンフェス未参加の段階で、そうした挙手数がワンフェス初参加時('99年[夏])における予定販売個数をいきなり超えてしまったのだ(そのオチはもちろん、「ディーラー初参加にして、持ち込みキット40個が開場後10分未満で完売!」というドラスティックなものであった)。
 いまならば誰でも瞬時に考えつきそうな、インターネットならではのコミュニケーションを利用した共犯意識の植え付けであったわけだが、当の本人は「そうした行為がプロモーションに繋がるなど1%たりとも意識していなかった」というあたりに、環境の激変に伴う過渡期ならではのリアルが見えた。さらに、同作品はワンフェス会場にて某ガレージキットメーカーからスカウトを受けて商品化への道程を辿り、結果、冬音は「処女作にて商業デビュー」というシンデレラストーリーま勝ち取ってしまったのである。
 まあ、先のインターネット話はひとまず置いておくとして―。
 ワンフェスを“すごろく”的視点で眺めるならば、冬音はデビューと同時にひとつの「上がり」に達したと言えるだろう。反面、“ガレージキット作家・冬音”として見た場合には、そうした極初期における過大評価がその後の伸び悩みに繋がったとは言えまいか? じつは前述のワンフェスデビュー時、ぼくは知人を通じ冬音を紹介されたのだが、その際彼に向けて発した言葉は「上手いには上手いが、それ以上でもそれ以下でもない」というじつに素っ気ないものであった。彼の目指していた造形が、「すでに確立されている美少女フィギュア造形法のアベレージ」としてしか受け止められなかったためだ。
 が、しかし。
 それから2年のときが流れた'01年後半から、彼の造形が急速に変化しはじめたのである。視覚的にわかりやすい要素を挙げれば「カクカクとした硬質感が消え、流れのあるしなやかさが備わった」ということになるが、それ以上に、「先駆者が築いた造形法との相対化から開放され、自然体での独自の造形が見えはじめた」という点が大きいように思う。それゆえ逆に、自身の弱点(デッサンの甘さ、対象を突き詰めるオタク的スキルの低さ等)をこれまで以上に露呈することになってしまったとも言えるのだが、そうした赤裸々でまっすぐな姿勢こそが、冬音をここから先のステージに導くはずだとぼくは確信している。

text by Masahiko ASANO

とーん1968年5月25日生まれ。幼少期からプラスチックモデルに慣れ親しみ、中学時代にはガンプラブームの直撃を食らうも、高校進学とともにオタク的趣味全般からほぼ離脱。'96年、『新世紀エヴァンゲリオン』のコミックス第1巻をたまたま手にしたことで同作品の存在を知り、その際に生じた「プラグスーツ姿の綾波レイを作りたい!」という感情をそのまま行動へ移したことが、フィギュア造形への第一歩となる。同フィギュアは製作に3か月を費やし完成を見たが、達成感や満足感と同時に「たった1体造形するのがこんなにも大変なのか」という徒労感も生じ、そこから早々と3年ほどのブランクに突入(苦笑)。そして'99年、ネットサーフィン中にガレージキット系サイトを複数見つけフィギュア熱がぶり返し、行きつけのBBS(掲示板)を通じて知人からワンフェスへの参加話を持ちかけられ、“雨の日晴の日”名義にてディーラーデビューするに至る。現在は専業原型師を生業としており、文雅、とらのあな、エポック社C-WORKS等で商業原型を手掛けた実績を持つと同時に、各種ガレージキットコンベンションへも積極的に参加中。

Webサイト http://amehare.com/

WSC#016プレゼンテーション作品解説

© MINE YOSHIZAKI / Published by ENTERBRAIN,INC.


OSアイドル Winちゃん

※from Windows専門PC雑誌『テックウィン』マスコットキャラクター
1/7(全高約100mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/2,800円(税込)
ワンフェス以降の一般小売価格/4,800円(税別)

(※販売は終了しています)


 かねてから「知る人ぞ知る」存在であり、「万年WSC候補」のひとりでもあった冬音。これまでに複数の商業原型を手掛けてきた実績からもわかるように、その実力は折り紙付きですが、WSC選出にあたり、プレゼンテーション作品となる“OSアイドルWinちゃん”(Windows専門誌『テックウィン』のマスコットキャラクター)の各所に手を入れ直す徹底ぶり!
 これは、「じつは、納得がいかないまま仕上げてしまったポイントがいくつかあったので、どうせならばこの機に……」という冬音の思いと、「下半身の造形に対しこだわりがなさすぎる。もっと執拗に、照れずにエナジーを注ぎ込むべき」というレーベルプロデューサーからの希望が合致した結果でもあります。かつて冬音が個人販売した旧キットをお持ちの方は、ぜひともそのあたりを中心に今回の“WSCヴァージョン”と見比べていただきたいところです。

冬音からのWSC選出時におけるコメント

「知らない人は知らないが、知ってる人は知っている」などという、よく考えれば至極当然なふざけたフレーズがありますが、自分のワンフェスにおけるスタンスがまさにそれで。プロレスラーでいえばヒロ斉藤ぐらいのポジションでしょうか(たとえがマニアックですみません)。
 もちろんモデラーである以上、造形衝動を突き動かされた「この絵を立体にしたい!」という動機(非常に大袈裟です)が一義的にはあります。ただそれと同じくらい「今回はこれできたか」と、キットを手にしたお客さんがニヤリとしてくれればそれで本望、という思いが強くありまして。美少女フィギュアなるものを作る行為への気はずかしさが、まだどこかに残っているのかもしれません。
 なにせそんな人間ですから、WSCというレーベルは野次馬根性で眺めこそすれ、よもや自身がその当事者の立場に置かれるとはかけらも思っておらず……。正直、最初は何かのまちがい、もしくは冗談とさえ思いましたが、よくよく考えてみると僕自身が毎回発表されるWSCに対し持っていた気持ちというのが「今回はここを突いてきたか!」という期待感でしたし、それって発表のパイこそ違えど、いつも自分がイベントに参加する際の動機と同じものなのでした。めでたし(?)。
 そんなわけで不肖ながらもWSCの末席に名を連ねることになったわけなのですが……自分の作品でひとりでも多くの方が「ニヤリ」としていただければ幸いです。