アーティスト紹介

WSC #093 おあげ

[FOX FRAME]

デジタル化の波に伴うゲーム業界からの「越境組」
アナログモデラーとは根本的に異なる資質に注目

「この人はゲームかアニメの3DCGモデラーからフィギュア造形の世界に足を踏み入れた系の人でしょ。もう、我々の世代みたいなアナログモデラーとは根本的なところから作り(造形手法)が違う。フィギュアをどの角度から見てもまるで破綻をきたしていないし、口を開けた口内の造形にも迷いがない」
 ぼくといっしょに次期『ワンダーショウケース』アーティスト候補を探しワンフェス会場を練り歩いている白井武志(現海洋堂ブレイン)が、めずらしく饒舌にこう語りはじめた。そのときぼくも彼とまったく同じことを感じていたのだが、実際に“おあげ”にその旨を尋ねてみると「ゲームメーカーに勤めてキャラクターモデリングを担当している」とのこと。そして、このとき='16年夏のワンフェスの時点で彼女はWSC選出基準をすでにクリアしていたのだが、ただし同回にて発表した新作である『ダイヤのA』の“沢村と御幸”が「背中合わせで地べたに座り込んでいるのに、尻の肉が自重で押し潰されておらず1G感がまったく表現されていない」という理由からWSC選出は見送られることとなってしまう。
 もっとも、そうした旨をその場でおあげに説明したときの、「……あっ!」と一瞬にして己のウィークポイント=ゲームキャラクター用のモデリングとフィギュア用のモデリングとでは仕上げ方が大きく異るという事実にまだきちんと気付けていない点を把握し、そして、そうした厳しめの指摘を受けたことに対し「ぱあああっ!」という擬音を付けて表現するしかないような満面の笑みをこちらに返して来た(つまり、いまそれほどフィギュア造形に対して真摯に対峙していることが理解できた)時点で、「できれば次回にでも彼女のことをWSCに選出したい」と固く心に誓ったのであった。
 が、諸般の理由から結局おあげをWSCに選出できるまで2年もかかってしまったのだが、結果から言えば「逆にここまで引っ張ったことにより、彼女の上手さが誰にでも伝わるレベルにまで達したのではないか」と考えている。人間の的確な骨格表現と筋肉によるバネ感、体のひねり表現やそれに伴う自然ながらもメリハリが効いた服のシワの再現など、どこを取ってももはや完全なプロフェッショナルレベル。「一気に上手くなりすぎて気持ちが悪いぐらい」と言ったらおあげに怒られると思うが、仮に彼女がそれを望むのであれば、ゲームメーカーを退職してプロのフィギュア原型師としてひとり立ちすることに、もはやなんの支障もないはずだ。
 ここにまたひとり、デジタルの恩恵によりゲーム業界から見事「越境」を果たした人材が誕生した。

text by Masahiko ASANO

おあげ生年月日非公開。女子短大に推薦入学で進むも「そのときはモラトリアム期間を延長しただけだった」そうだが、短大在学時にハイエンド3DCGを使った映画やゲームなどが注目されはじめ、「3DCGを勉強してみたい」という明確な目標が生ずる。短大卒業後はOLとして3DCGの専門学校へ進学するためのお金と生活費を貯め、「実家から専門学校に通うと甘えてしまう気がする」という理由から退路を断ち上京、3DCGの専門学校へ入学。最初は映像製作を目指していたのだが「自分にはモデリングのほうが向いている」ということを在学中に自覚し、卒業後はデベロッパー系の3DCG会社に就職することに。その後はゲームメーカーに転職しキャラクターモデリングを任されるまでに至ったが、「普段はモニターの中にしか存在しないキャラクターを現実に手に取れるものに置換してみたい」という思いからワンフェスへの参加を決意。'15年夏から“FOX FRAME”名義でディーラー参加をはじめ、すでにいくつかのフィギュアメーカーから原型製作の仕事も請け負っている。

WSC#093プレゼンテーション作品解説

© 寺嶋裕二/講談社


御幸一也

from コミック『ダイヤのA』
1/8スケール(全高160mm)レジンキャストキット


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/13,000円(税込) ※ワンフェス会場販売分40個限定
ワンフェス以降の一般販売価格/14,500円(税別)


 普段はゲーム会社に勤め3DCGを駆使しキャラクターモデリングを担当しているものの、「いつもはモニターの中にしか存在しないキャラクターを現実に手に取れるものに置換してみたい」という思いからワンフェスへの参加を決意したという“おあげ”。いわゆるゲーム業界からフィギュア業界への《越境者》ですが、普段から仕事でキャラクターをモデリングしているだけあって、基礎的な造形力の高さは折り紙付き。
 今回プレゼンテーション作品となった『御幸一也』(コミック『ダイヤのA』に登場する主要キャラクター)は、これまで御幸を二度も立体化してきたおあげにとって「御幸造形に対し決着を付けるべく製作した決定版御幸」とも言える傑作。立体出力するサイズ的に限界ギリギリまで作り込まれたキャッチャーマスクやキャッチャーミット、レガースやスパイクのディテールにも注目してください。なお、今回おあげが製作した完成見本はキャッチャーマスクががっちりと接着されてしまっていたため御幸の表情のすべてが読み取れませんが、キャッチャーマスクの下に造形された「口を開いた口内の造形表現」こそが彼女における最大のストロングポイントと言えるかもしれません。

© 寺嶋裕二/講談社


© 寺嶋裕二/講談社

※完成見本のキャッチャーマスクはがっちりと接着してしまったためマスクの下の顔がほとんど見えませんが、キャッチャーマスクを装着しなければこのレンダリング画像のように「口を開いた口内の造形表現」がきちんと見て取れます

※おあげからのコメント

 FOX FRAMEのおあげと申します。
 私がガレージキット製作をはじめたきっかけの作品が、今回選出していただいた『ダイヤのA』でした。大変に思い入れがあり、いろいろなご縁を与えてくれた大好きな作品です。
 '15年冬に初めてワンフェスに遊びに行き、自分でもフィギュアを作ってみたくなりました。締め切りがないと完成させることができない性格のため、締め切りを作ってしまおうと右も左も分からない状態でワンフェスへの参加申し込みをしたことを思い出します。
 そこからワンフェスへの初参加、フィギュアメーカーからの原型製作のお仕事等を経験させていただき、「製作をはじめたばかりのころにはできなかったことも少しはできるようになったかもしれない」と思い、今回の御幸一也の製作をはじめました。
 御幸は以前にもガレージキットとして二度製作したことがあるのですが、今回はスケールやポージング等を一新しました。キャッチャー装備などのこまかい部分にも気を付けています。あさのさんにご指摘いただいていた「1G感が足りない」「塗装が下手」という部分にも注意しながら製作したものです。
 自分自身が楽しんで続けてきたことに『ワンダーショウケース』というひとつの成果を与えていただけたことに感謝いたします。これからも好きなものを楽しみながら製作を続けていきたいです。私がディーラー活動を続けられているのは技術面でご指導いただいている皆さま、いつも手伝ってくれる友人のおかげです。この場を借りてお礼申し上げます。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。