アーティスト紹介

WSC #096 稲葉コウ

[ぽらりす]

「稲葉コウって……まさか“あの”稲葉コウ!?」
プロのメカニックデザイナーが造形に着手した理由

 この人はメカニックデザインにおける足し算(もしくは乗算)と引き算の意味がきちんと理解できていて、そしてこれは、「引き算の美学」を具現化した作品なんだろうな──'17年冬のワンフェス会場にて“RUDOLF”を発見した際、上記のような感想を抱いた。見る人によっては「なんというか……さらっとお気楽に仕上げてくれちゃって」と若干のもの足りなさを感ずるかもしれないが、余計な線を最小限まで削ぎ落とし機体全体が醸し出すシルエットの美しさを前面へ打ち出すと同時に、パネルラインとユニット接合線の凹モールドにきちんと強弱を付けることで造形のメリハリ感を強調。シンプル極まりない習作に見えつつ、そのじつ、これは本人のメカニックデザイナー的資質を端的に表現した肖像画のような造形物に近いのではないか、といった具合だ。
 そしてそのとき、ぼくは『ワンダーショウケース』の名刺を作者に手渡し「なかなかセンスがよいのでこの先もがんばって」的な台詞を残してブースを去ったのだが、いざその作者をWSCに選出することを決意しいろいろと調べていった末、件の作者=稲葉コウが現役バリバリの売れっ子メカニックデザイナーである事実に行き着く。結果、プロのメカニックデザイナーに対して「なかなかセンスがよいので~」などと「……いったいどの口がほざいたものか!?」と顔面から火を噴いたわけだが、そこは本題とは無関係なので割愛したい。
 いま現在、コトブキヤの創作系ロボットプラスチックモデルシリーズ『フレームアームズ』のメカニックデザインなどを手がけている稲葉は、言ってしまえば「自分でわざわざ造形に手を染めなくとも、自分のデザインしたロボットの優れた立体物が続々と世に生み出されていく立場」にある。それでもワンフェスにメカニックデザイナー兼造形作家としてディーラー参加しはじめた理由は、「とにかく造形物が大好きなのでそれを自身の手で産み出したい」「商業企画には成り得そうもない創作系少女型ロボットをシリーズ化し、それを実際に立体物として手に取ってみたい」というところにあったという(じつは、RUDOLFというのはサンタクロースのソリを引く9頭のトナカイの中における1頭の名前だそうで、いま稲葉の頭の中では、残り8頭のトナカイ=8体の創作系少女型ロボットのデザインが練られている最中らしい)。
 なお、こういう人物に対し「もっとこういう方向性を模索すべき」などと語るのは野暮そのもの。ワンフェスという場を有効活用し、造形活動を併用することでメカニックデザイナーとしての幅を拡げて行ってほしい。

text by Masahiko ASANO

いなば こう1984年12月16日生まれ。地方在住者であったため民放テレビのチャンネル数が少なく、テレビで見ることのできるアニメの数が少なかったため、小学校高学年時より『フロントミッション』『レイストーム』などのゲームを通じオタク趣味を嗜みはじめる。高校卒業後は宝塚造形芸術大学の造形学部へ進学し、その後、ゲーム制作会社へ就職。ゲームの2Dデザイナーとしての道を歩みはじめ、時間経過と共にメカニックデザイナーとして頭角を現すことになる。そして仕事柄「ガレージキット」「ワンフェス」という言葉をよく耳にするようになり、自分でもフィギュアを作ってみたいという欲が湧き『模型塾』(主催/東海村原八)へ通いガレージキット的造形のイロハを習得。'13年冬のワンフェスから“ぽらりす”名義にてディーラー活動をスタートさせた。また、'12年7月発売の“四八式一型 輝鎚・甲”からコトブキヤの創作系ロボットプラスチックモデルシリーズ『フレームアームズ』のメカニックデザイナーも担当。いまもっとも脂が乗っている、新進気鋭のメカニックデザイナーのひとりと言うことができるだろう。

ツイッター https://twitter.com/inaba_koh

WSC#096プレゼンテーション作品解説

© Koh INABA


RUDOLF

from WSCアーティスト自身による創作キャラクター
ノンスケール(全高150mm)レジンキャストキット
※写真には2体写っていますが単体での販売です


商品販売価格
ワンフェス会場特別価格/11,000円(税込)
※ワンフェス会場販売分30個限定
ワンフェス以降の一般販売価格/13,000円(税別)


 コトブキヤの創作系ロボットプラスチックモデルシリーズ『フレームアームズ』のメカニックデザイナーを担当し、いまもっとも脂が乗っているプロフェッショナルメカニックデザイナーのひとりである稲葉コウ。そんな彼がこっそりと(?)ワンフェスへディーラー参加しはじめ、処女ガレージキット作品として発表したのが、この創作系少女型ロボット『RUDOLF(ルドルフ)』です(※写真には2体写っていますが、この2体はディテールはまったく同一のカラーリングバリエーションです)。
 各部のディテールを過剰に作り込むことなく、シンプルにシルエットの美しさで魅せる手法は「さすがはメカニックデザイナー」と言ったところでしょうか。とくに細身の少女型ロボットということもあり、作者的には「背面の、お尻周辺のラインがお気に入り」とのこと。ちなみに当然(?)ながら3DCGモデリング作品なのですが、使用したソフトウェアがなんとMetasequoia(メタセコイヤ。無償提供されているため趣味で使用する個人ユーザーが多い)というのもまた、稲葉がこの作品をいかに楽しんで「仕事とは完全に切り離した感覚」にて製作したかが分かるかと思います。

© Koh INABA


※稲葉コウからのコメント

 初めまして、稲葉コウと申します。
 普段の私はフリーランスの2Dデザイナーであり、フィギュア原型師とは違った土俵で活動しております。ではなぜ膨大な手間暇と費用を掛けてまでオリジナルフィギュアを製作しているのか。趣味と言ってはそれまでですが、自分にとってはそれ以上に大事なことなのです。前述のとおり本質はあくまでデザイナーであり、アーティストではありません。発注ありきでございます。ところが、やはりときにはアーティストとして自分を表現したいという思いもございます。イマジネーションの源泉は同じなのです。
 ワンフェスは自分にとって表現の場に正にうってつけです。客層も需要も多彩な夢の市場です。もちもん手放しでお客さんが集まるわけではありませんが、手塩にかけて練り上げた作品を評価していただいたときは日常では味わえない快感がございます。こうしてまたモチベーションを得て、次の作品に繋がるのでございます。おそらくワンフェスに出展されている多くの方々も、そうなのでしょう。
 そして今回『ワンダーショウケース』に選んでいただいた私の“RUDOLF”。私のアーティストの部分を具現化したものですが、バックストーリーもない、可動もしない創作系のロボ少女フィギュアがこのような誉れ高い評価をいただいたことは率直にうれしく思います。大勢の方に見ていただくことで、自分の心理の偏りを大衆の面前で叫んでいるようではずかしいですが……。
 それでもRUDOLFは自分でもかなり上手くいったと自負しております。それは評価を気にせず作ったからかもしれません。矛盾するようですが……。
 でも周囲の評価と自己の納得、そのバランスがとても大事なのだと分かりました。